暗がりを好む。

谷崎潤一郎の随筆

谷崎潤一郎の作品と言えば、「細雪」や「痴人の愛」が有名です。本屋の文庫本コーナーを見ると、日本文学の代表格として、常に並んでいます。自分は、谷崎作品を読んだことはありませんでしたが、ふと、この「陰翳礼讃」を手にとって読んでみようという気になりました。

理由は、(結構前のことなので)もはや忘れてしまいましたが、多分、「薄くて読みやすそうだな」という、安易なものだったと思います。

この作品は、谷崎潤一郎が日本人の「暗闇」や「陰」に美しさを見出す性質に注目し考察する、随筆です。タイトルの「陰翳」とは「かげ(光の当たらない場所)」の意味です。漢字としては「陰影」でも「陰翳」でも、両方同じ意味の様ですが、この本では後者が使われています。

後者が使われている理由は、調べても分かりませんでしたが、その時代の通例か、流行りでしょうか。単体の「翳」の意味を調べてみると、「かげる」とか「かざす」という意味があるようです。何れにしろ、「陰」をつくることを意味していますね。

時代背景

この作品は、1933年(昭和8年)ころに書かれたものだそうです。ものすごく昔に書かれた、というわけでもないですね。アインシュタインが、日本に来たときのエピソードなども書かれています。時代的には、第二次世界大戦の少し前、日本の近代化が進む一方で、戦争へと加速していくあたりでしょうか。

自分は読んでいるとき、夜の和室でろうそくの灯りだけが揺らめいているようなところを、情景として浮かべていました。時代劇のワンシーンで、ありそうなイメージです。書かれた時代はもっと近代ですが、この中で語られている東洋人の美の感覚は、時代劇の舞台になっているような時代を経て、つくられていったものだと思います。

西洋と東洋の違い

この作品の中では、西洋と東洋の比較が、テーマの一つとして書かれています。作者曰く、暗がりに対する美意識は、東洋人特有のものだということです。それは、日本家屋や、漆器、椀、料理などにも現れているのだそう。

それらの具体例を上げて、暗闇の美を文章で表現する、作者の表現力が秀逸です。読んでいてあたかも、日本家屋の暗闇の中で、漆器や料理が、目の前にぼおっと浮き上がってくるようでした。

作者は、この美意識が東洋人に特有な理由は、肌の色にあるのではないか、と考察しています。自らの肌に暗色が澱んでいるために、日用品に曇った色のものを使い、暗い雰囲気の中に自分たちを沈めようとしているとのこと。

確かに、照明などの進化は、日本でも欧米でも似たようなものだと思うし、なにか生物学的というか、本質的な違いが理由になっているように思われます。それが肌の色であるというのは、動物は本能的に自分と同じ要素を持ったものを好んだり、安心したりする傾向にあると思うので、いちおう納得はいきます。このご時世では、人種差別的な観点からは、少しデリケートなところに触れかねない考察だと思いますが。

しかし、ぱっと思いつくところでは、日本では北の日照時間が短くあまり日焼けしない地域の人よりも、南の日照時間が長く日焼けしやすい地域の人の方が、暗がりを好むというよりもオープンな気質があるように思われます。ただ、暖かいほうが活動的になりやすいので、気温も関係している事だと思います。日焼けするしないと言った、文字通り表面的なことではなく、その肌の内側にある人種レベルの色素が、本質的な違いとなっているのでしょうか。

と、こう書いてみて、ここで話題にしているのは、気質の明るい暗いの話ではなく、デザインの嗜好性の違いの話ではなかったかと思いました。そう考えたときに、確かに、南方の方が原色に近い濃い色(明度は低め)のデザインを、好む傾向にあるかもなと思いました。

また、日本人は、派手ではないもの、慎ましいものに注目する特性があるように思われます。その特性も、根本には「暗がりの美意識」があるのかもしれません。

もし、人種の生物学的特徴が、こういった美意識や嗜好性に関わっているのであれば、なんでもかんでも国際標準化してしまうのは、良くないのかもなと思いました。というのも、例えば東京オリンピックに向けて海外から多くの観光客が来るから、街のデザインを(多くの)海外の人向けにしてしまうと、結果として日本人にとっては住みづらいところになってはしまわないか、と思ったからです。それが、単に今までの意識を変えればいい話であれば、しばらく我慢すれば慣れるのかもしれませんが、生物学的特徴から来るものだとすると、克服するのは難しそうだからです。

厠のこだわり

「陰翳礼讃」は、複数の出版社から出ていますが、自分は中公文庫から出たものを買いました。この本には、タイトルになっている随筆だけでなく、他にいくつかの随筆も載っています。その中で、「厠のいろいろ」という随筆が、印象に残りました。

タイトルの通り、トイレに関する随筆ですが、トイレをこれだけ美しく描写できるのはすごい、と思いました。先にも述べた、作者の卓越した表現力が発揮されていますが、その対象がトイレのことという、ギャップがすごかったです。

「陰翳礼讃」の中でも、厠のことを書いているところがあります。そして、その後でテーマを厠に絞った随筆も出てきたので、作者の厠に対するこだわりはすごいな、と思いました。

関連書籍

「細雪」は文庫で上中下と、かなりの長編ぽいので、読むのに尻込みしています。いつか読む日が来るのだろうか。

 

カテゴリー: 本の感想

memom

都内在住会社員。 物心ついた時から読書好き。 読んだ本を忘れない様につらつらと感想を書いていきます。

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