盤上のゲームを題材に、人間の勝負を書いた6つの物語。

最近SFを読むことにハマっており、本屋に行っては「SF」という文字に注目する様にしている。この本は、「日本SF大賞受賞」という帯に思わず反応して買ってしまった。

読んでみて、コンピュータとの対戦などSFの要素はあるが、直接的にはSFっぽさ、つまり科学的な題材を扱っているという感じはしなかった(記録から個人の意識を蘇らせた「人間の王」は別として)。むしろ人間同士の勝負、かける思いや感情的な部分がクローズアップされているように思えて、そこが見どころだと思う。あまりSFという括りに拘って読まない方が良いと思う。

しかし、ただ人間同士の勝負を描いているわけではなくて、登場人物や舞台設定が特殊だと思う。その特殊な設定は学術的な記述、視点で支えられていて、そこのところがこの本をSFたらしめている。

登場人物は皆勝負へ向かう理由を持っていて、勝負への熱さが伝わってくる。熱さと共に、冷たい切れ味のようなものも感じた。本のタイトルにもなっている「盤上の夜」の中で、碁の天才棋士として出てくる人物の描写として、次のような文がある。

「わたしの見る限り、由宇は統合失調症とは異なりました。性格は熱くなりがちで、寄らば斬らんというような面はありました。しかしそれは疾病というよりは、彼女の経歴に起因するものでしょう」

「寄らば斬らん」という言葉で表現されているように、ギラギラした不安定さのようなものを勝負の中や、登場人物から感じた。

普段から将棋についてのニュースはよく見ていて、タイトル戦で誰が勝っただとか、棋士がどんな発言をしただとかいうことをチェックしている。そんな現実の中でも言えることだと思うが、ゲームの純粋さ、勝ち負けがはっきりつくことの非情さと、実際に勝負を行う人間の人間臭さは対照的で、お互いを強調しあっていると思う。

「人間の王」では、チェッカーというコンピュータによって完全解が導き出されたゲームを題材にしている。個人的な意見としては、完全解が導き出されたとしても、そのゲームで対戦することの魅力が失われるわけでは無いと思う。ゲームを舞台に人間同士がぶつかって、新しい物語が生まれることがもう一つの魅力だと思うから。プロとしてプレーしているわけでは無いので、最高のレベルで戦っている人達の気持ちは分からないが。解が出たゲームなどやる意味が無いと思ってしまうものなのだろうか。

カテゴリー: 本の感想

memom

都内在住会社員。 物心ついた時から読書好き。 読んだ本を忘れない様につらつらと感想を書いていきます。

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